彼女を追いかけて、借金350万。

それが俺にとって、
「第二の人生」の幕開けとなりました。

リョウタ

【※注意】
これから、少し長い昔話をします。

付き合ってくれる人だけ
このまま下まで読み進めてください。

省略プロフィールはコチラ。
(準備中)


ビジネスを始めたきっかけは、
8歳のころ訪れたカードショップ。

「俺が持ってるカードが2,000円で売れてる!」

毎月のお小遣いが500円程だった
当時の自分にとって、衝撃的な体験でした。

2,000円という大金に目がくらんだ
茂木亮太8歳は、その後間もなくして
「遊戯王」の露天商を始めます。

これが俺にとって初めてのビジネス。
店は、近所の防火水槽。

学校が終わったら、
駆け足で自宅に帰りオープン準備。

100均で買ってもらった
クリアケースにカードを入れて、
販売価格の付箋を貼れば準備OK。

小学生を待ち構えるべく
防火水槽へ急ぎます。

頑張った甲斐もあり
売り上げは順調だったのですが…

ある問題が起こりました。

「売るカードがない…」

お小遣い500円の8歳児が
そんなにカードを持っているわけもなく

すぐに商品が底をつきます。

「どうしよう?」
「なにか良い方法はないか…」

そうか。
大人から貰えばいいんだ。

群馬のど田舎、周りの子供たちも
そんなにたくさんカードなんて持ってない。

「だったら大人から」と考えたわけです。

親の同僚にお願いをしたり
親戚のお兄さんにお願いをしたり。
カードバトルで勝って手に入れたり。

価値はイマイチ分からなかったので、
「光っていればなんでもいい」

という考えでカードを集めまくります。

そうして8歳のカードショップは
新たな商品の販売を開始。

折り紙で作った
オリジナルパックの販売です。

黄色のパックはレアカードが
当たりにくいから50円

赤色のパックはレアカードが
当たりやすいから300円

そんな感じ。

商売は順調。

毎日デュエル仲間と
楽しく過ごしていたのですが…

ついに奴らが動きました。

「保護者」です。

複数人の保護者から苦情が入り、
母親と共に謝罪、謝罪、謝罪。

売り上げは没収されたのに
売ったレアカードは返ってこず。

毎月のお小遣いもカット。

人生初ビジネスは、
最終的に大赤字で幕を閉じました。

そして時は流れ…

次のビジネスの舞台は中学1年生。

「いじめ」が原因で一時不登校になったことが
キッカケでした。

学校に行くと、
机が鉛筆で真っ黒に塗りつぶされていたり

お年玉で買った運動用のテーピングで
机がぐるぐる巻きにされていたり。

筆箱がガチガチに止められていたり。

ザ・日本のいじめです。

もちろん最初は教師に相談しましたよ。

そしたらね、こう言うんです。

やられるのが悪い。
俺も人間だし、人の好き嫌いくらいする。

俺もお前が嫌いだ。

この言葉は、10年以上経ったいまでも
鮮明に覚えています。

他にも。

その教師のお気に入りの生徒が
部活動の試合で負けたとき。

「お前みたいな生徒がクラスにいるから
運気が下がってコイツが負けたんだ。」

なんてことを言われたときもありましたね。

… 知るかボケ。

もう学校なんていいや。
そう思いました。
そして徐々に、学校へ足が向かなくなります。

周りからは
「将来のために学校へ行きなさい!」

なんて言われたけど、
不登校になったからこそ
得られたものがありました。

仲間と、自由。
そして…

新しいビジネスのキッカケです。

不登校仲間に連れられて
初めて訪れたゲームセンター。

「ギタフリ」と「ドラマニ」で
俺たちは青春を過ごします。

しかしそこで問題になったのが「お金」

当時のお小遣いは月1,000円。
ゲームセンター通いなんてしてたら
すぐに無くなる金額。

そこで目をつけたのが
「ゲオの買取キャンペーン」

ゲームをまとめて売るだけでボーナスがつく。
この「ボーナス」に目をつけました。

新たなビジネスは
「ゲームソフト販売代行」です。

中学生だと保護者同伴でしか
ゲームを売ることができなかったりで…

「売りたくても売れない」

なんて子が多かったんですよね。

しかし俺は不登校。
学校に通っている奴らのような
縛りはありません。

ゲームを売りたい奴らから
一気に集めてゲオに売る。

0円ビジネスの完成です。

すぐにゲームは集まらなくなったため
持続性はありませんでしたが。

中学生の自分にとっては
いいお小遣い稼ぎだったと記憶しています。

その次に始めたビジネスは
「ゲームデータ転売」

当時流行していた
モバゲーのワンピースが舞台です。

16歳ごろの話。

当時はまだ「ガラケー」全盛期。
このガラケーが自分にとって初めての

ネットビジネスへの入口となりました。

具体的に何をしていたのかというと
モバゲーの人気アプリ

「ワンピースグランドコレクション」の
ゲームデータ転売です。

これで月に30万円ほど稼いでいました。

内容は「キャラとアイテムの無限増殖」

増殖させたものをヤフオクで販売。
という流れです。

増殖といっても
バグを利用したものではありません。

やり方はこう。

ゲームの「交換機能」を利用し、
条件を設定して交換相手を募集。

【STEP1】

出品:ルフィ1体
希望:サンジ1体+チョッパー1体

自分はルフィ1体を出品して
相手からはキャラを2体受け取ります。

【STEP2】

出品①:サンジ1体
希望 :ルフィ1体

出品②:チョッパー1体
希望 :ルフィ1体

リョウタ

1体しかいなかったルフィが、
これで2体になりました。

これを色々なキャラで繰り返すだけ。

「どうしてルフィ1つに2つも出すの?」
と思うかもしれませんが、簡単です。

物の価値は…
その人の好みによって変わるし
その人の状況によっても変わる

例えば映画を観たとき。

9割の人が
「今回はルフィが最高の活躍をした!」
と感じていても

チョッパー好きからしたら
「今回はチョッパーの活躍が最高だった!」
となります。

同じ映画であっても
人によって「視点」は異なるんです。

例えばこの写真を見せたとき。

目を見ている人がいれば、
腹筋を見ている人もいる。

手の炎を見ている人もいる。

たった1枚の画像であっても、
人によって目につくポイントや
評価するポイントは異なります。

自分が「造形」に価値がある!
と思っていても

相手は「着色」に価値がある!
と感じているかもしれない

つまり。
物の価値なんてその人次第ってこと。

ワンピースが教えてくれた「本質」です。

けれど「お金の使い方」までは
教えてくれなかった…。

場所は群馬のど田舎。
16歳で30万稼いでいる人なんていなかったし
そこらへんの大人より稼いでいたものですから

当然調子に乗ります。

稼いだお金はすべて
誕生日会やら何やらで消えていき
最終的には何も残りませんでした。

またまた失敗です。

「もし、あのとき誰かが
道を示してくれていたらきっと…」

「もし、一度でも良質な情報に
触れられていたらきっと…」

もっと若くして成功できていたんだろうな。

なんて考える瞬間もありますが
たらればを考えていても仕方ない。

俺の人生に、その分岐点はなかった。

その後高校を無事卒業し、某警備会社に就職。
まさにそこは自分にとって…

「絶望」そのものでした。

TVでもよく取り上げられる大手企業。
仲間と切磋琢磨して己を鍛え、
人や企業の安全を守る。

そんなイメージとは、まさに対極。

暇を持て余す先輩達。
ギャンブルで新人から
お金を巻き上げるパワハラ上司。

死んだ目をして毎日を”浪費”する。

そんな大人達の集まりでした。

「未来の自分も、こうなるのかな…」

未来が真っ黒になりました。

この環境から逃げよう。
胸いっぱいの期待を抱いて入社した会社を
わずか2ヶ月で退職。

俺は「無職」になりました。

後先考えずに退職したものですから
次の就職先も、何をするかも決まっていません。

しばらく立ち止まって辿りついた結論は…

「運動好きだし、スポーツ店でバイトするか」

アホ中のアホ。
18歳が終わる頃の話。

スポーツ店でのフリーター生活が始まります。
担当部門はテニス。

この場所で、21歳までの約2年を過ごします。

「茂木さんから買いたい。」
そう言ってくれる人が少しずつ増え、
仕事にやりがいを感じていました。

短期的ですが、売り上げ点数日本2位も達成。
嬉しかったなぁ。

休日はお客さんが
食事に連れて行ってくれたり

仕事終わりは先輩と
週5でチャーシュー丼を食べに行ったり。

前職とは違い、毎日が楽しかった。
充実していた。

だけど「お金」がなかった。

好きなことを仕事にしている人たち。
仕事にやりがいを持っていて、
お客さんのために全力を尽くす先輩。

尊敬していました。

だけどそんな人たちも
「お金」がなかったんです。

誰もが「お金に対して無知」でした。

少しずつまた、
未来が暗くなりました。

この頃から徐々に、
「ビジネスへの想い」が再燃。


成人式も終わった頃。

新しいビジネスのキッカケを手にします。
それは「母のひとこと」でした。

「最近コストコって店が流行ってるらしいよ。
量が多くて、しかも安いんだって。」

初めて耳にする言葉にワクワクしました。

すぐにネットで「コストコ」と検索。
多種多様な商品が販売されていることを知ります。

その翌週にコストコデビュー。

そして…

8歳のときに受けた衝撃を、
21歳にしてまた受けることとなりました。

「ネットの販売価格と全然違う」

よく見たら全部、公式ショップじゃないぞ。

オンライン価格は店舗価格の2倍。
それでも売れている商品がいくつかありました。

「これなら自分でも稼げる…」

すぐに書店で
「Yahooショッピング出店完全解説」
なんて感じの本を購入。

テンプレートのおかげで
その日のうちにサイトの大枠は完成しました。

とはいえ何を仕入れよう…
当然仕入れにはお金がかかる。

その商品を販売したら手数料がかかる。
商品を相手に届ける送料がかかる。

悩んだ結果選んだ商品が
「チョコレート」

「リンツリンドール」でした。

なぜこの商品を選んだのか?
決め手は…

「他者サイトの販売方法」
具体的に言うと「写真」です。

雑に広げられたチョコレート。
そのチョコレートを「なんの工夫もなし」に
ただ撮影した写真。

それが他者サイトの商品ページ。

ひとめ見た瞬間に、

「これ高級チョコレートだぞ
どんだけ勿体ない見せ方してんのよ」

そう感じました。
だから俺はこうしたんです。

※当時の画像とは異なります

ひと手間かけてラッピング。
これにより「ギフト需要」を取り込む。

そしてもう1つの工夫が「バラし」

コストコではこのように1つのパックに
複数のフレーバーが混在しています。

ミルク味が多い袋があれば
キャラメル味が多い袋もある。

開けるまで、何がどれくらい
入っているか分からない仕様です。

初めてこのチョコレートを買ったとき

「もっと、ミルク味を食べたかった…」

そう感じました。
それと同時に

「自分と同じ想いをした人も大勢いるはず」

そう、考えました。

ビジネスの本質は
「誰かの悩みを解決すること」

チョコレートをきっかけに
それに気づいた瞬間です。

結果。チョコレートだけで
月利50万円を達成しました。

しかし。
送料を抑えるため「常温」での配送しか
できなかったこのビジネスは

強さを増す日差しとは裏腹に、
静かにうっすらと消えていくのでした。

そして。

26歳まで「お金の使い方」を知らなかった
自分の手元にはまた

「経験」だけが残りました。


さあ、次は何をしよう。
22歳でまた「就職」の壁にぶつかります。

そんなときです。
後輩から電話があったのは。

後輩からの電話

先輩!実は僕、高校を卒業してから
東京で料理の修行をしてるんです。

「いつか自分の店を出す」
その夢を叶えるためにいまは
色々な店舗で仕事をさせてもらってます。

そこで相談なのですが…
もし僕が出店したら
先輩に経営面を任せられませんか?

数字は苦手なもので…。

「これから何しよう…」
なんて立ち止まっていた俺は即答

「面白そうだね!やろう。」

次の舞台は、飲食店。

タイミングよく求人の出ていた
新規店に即応募。

現場を体験するため
アルバイトスタッフとして入社します。

それから約3ヶ月後。

オーナーが語る夢に心動かされた俺は、
バイトから平社員を超えてマネージャーに昇進。

現在もオーナーの片腕として、
仕事をさせて頂いています。

(後輩は夢を諦め、現在は工場勤務)

ここからの昔話は、
飲食店のマネージャーを勤めつつ
俺が取り組んできた「副業」の話。

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多くのビジネスを経験しましたが
さすがに全ては語りきれないので、

今回は特に強く記憶に残っている
「コンテンツビジネス」についての話をします。

月収100万円を初めて超えたときの発見と、
その後の挫折や復活劇の話です。